R4 司法試験 再現答案 刑訴法

令和4年司法試験 刑訴 の再現答案です。

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評価:A

 

設問1

1 本件おとり捜査は、「強制の処分」(197条1項但書)にあたり、強制処分法定主義(同条)・令状主義に反し、違法でないか。

(1) 相手方の真意からの承諾がありその意思に反しない処分は当然任意処分にあたること、「強制の処分」にあたれば、厳格な手続的規制に服することから、「強制の処分」とは、 ①相手方の明示または黙示の意思に反し、②重要な権利利益に対する実質的な制約を伴う処分をいうと解する。

(2) そして本件おとり捜査では、I警察署の司法警察員による一定程度の働きかけがあるものの大麻を所持・販売することについての最終的な意思決定は行為者に委ねられているのであり一応自由な意思決定の下でなされたものと言えるから、相手方の意思に反するものとは言えない(①不充足)。

  また、仮に①の要件が認められるとしても、かかる捜査によって侵害される利益は、捜査機関に介入されずに犯罪を行う自由という、重要な利益どころか、そもそも利益と言えるのかすら疑問が残るものであり、②の要件を満たさない。

(3) 以上から、本件おとり捜査は「強制の処分」にあたらず、強制処分法定主義・令状主義に反しない。

2 もっとも、捜査は「目的を達するために必要な」限度で行われる必要がある(197条1項本文)。そして、おとり捜査は、捜査期間が自ら犯罪を惹起する側面があり、弊害が相対的に大きい。

  そこで、薬物犯罪のような直接の被害者がいない場合には、①通常の犯罪手法では摘発が困難であり、かつ②機会があれば犯罪を行うことが疑われる者に対して行われるものでなければ違法となる。

⑴ 本件では、以前の捜査により大掛かりな大麻密売を行う甲の存在が把握されていたものの、身元や所在地については不明であり、これは関係者の供述や甲と思われる者の携帯電話の契約名義人の捜査などによっても明らかになっていないなど、通常の捜査で甲を検挙することが困難となっていた。

 また、100グラムのサンプル取引の際に尾行捜査を実施したもののうまくいかず、その後も捜査を継続する必要性もあった。

 確かに、本件おとり捜査に当たっては、一度取引の中止を甲が持ちかけたものの、これを引き留めたり、虚言を申し向けたりするなどして取引を継続するなどの事情があるものの、甲は大規模な麻薬取引を実施しているとの嫌疑がかけられているのであり、かかる嫌疑との関係では、10キロという大規模な大麻取引の現場を抑えることも必要だったのであり、このような事情のみで通常の捜査で摘発困難といえないと評価すべきでない。

⑵ そして、甲は大麻の密売の嫌疑がかけられていた上、協力者Aから有力な甲の情報を得た上で、本件おとり捜査に至っていること、一度サンプル取引で大麻取引に応じる者であることが判明していることからすれば、会があれば犯罪を行うことが疑われる者に対して行われたものと言える。

⑶   よって、本件おとり捜査は「目的を達するために必要な」限度で行われたものと言える。

3 以上から、本件おとり捜査は適法である。

設問2(1)

1 【資料1】の本件公訴事実に対し、【資料2】の本件罪となるべき事実を、訴因変更手続(312条1項)を要さずに認定する事は違法とならないか。

2 刑事事件における裁判対象は訴因であることからすれば、訴因と異なる事実を認定する場合、原則として訴因変更手続を経る必要がある。しかし、あらゆる場合にこれを要求すれば、訴訟不経済であるし、被告人の防御に必ずしも役立つわけではない。そこで、重要な事実に実質的変更が生じた場合にのみ訴因変更手続を経ればよいものと解する。

  具体的には、訴因の裁判所に対する審判対象の明示という訴因の第一次的機能に鑑み、①訴因の特定のために必要不可欠な事実に変動が生じた場合、または②争点明確化・不意打ち防止の見地から、訴因に上程され、かつ被告人の防御に一般的に重要な事項に変更が生じ、かつ③不意打ちまたは不利益になる場合には訴因変更手続が必要になるものと解する。

⑴  まず、本件では、「点火した石油ストーブを倒して火を放ち」から「何らかの方法で火を放ち」と放火の態様について、異なる事実の認定がされようとしているところ、かかる事実は単に社会通念上同一の放火事件における実行行為の態様に関する差異に過ぎず、これらの事実に変動が生じたとしても他の犯罪事実と識別することが可能であるため、訴因の特定に必要不可欠な事実とはいえない。

⑵  もっとも、放火の態様については、その内容次第で量刑にも影響が生じる恐れがある上、態様次第によって被告人の防御方針にも変更が生じうるものだから、被告人の防御に一般的に重要な事項と言える。

  そして、本件公判においては、火災科学の専門家に対し、主としてストーブの転倒によって放火が可能かどうかの観点から証人尋問が行われ、その後両当事者から放火の態様に関する追加の主張・立証の予定はない旨、裁判所からの問いかけに答える形で回答がされていることからすれば、両当事者は、放火の態様としてストーブの転倒によるもの以外のものを想定していなかったものと考えられるから、これと異なる事実が認定すれば被告人にとって不意打ち・不利益となりうる。

  よって、本件では②・③の見地から訴因変更手続を経る必要があったと言える。

3 以上から、訴因変更手続を経ずにこれを上記のような認定・判決を行うことはできない。

設問2(2)

1 まず、【資料3】の公訴事実は「乙と共謀の上」と謀議行為の具体性に欠くものだから、訴因の特定(256条3項)として不十分なのではないか。

  訴因の趣旨は、審判対象の裁判所への明示にあり、防御範囲の画定はこれによる副次的な効果に過ぎない。そうだとすれば、訴因の特定には他の犯罪事実と識別しうる程度の具体性があれば足りる。

 そもそも、共同正犯の成立要件は、①共謀②①に基づく実行行為なのであり、謀議行為の存在は、①の間接事実としての機能を有するに過ぎず、概括的な記載であっても他の犯罪事実との識別の観点からは問題がない。 

 よって、上記のような記載であっても、訴因の特定としては十分である。

2 次に、本件では、共謀の具体的な日付において当事者の主張と心証に喰い違いがある。そこで、訴因変更手続を経ずに罪となるべき事実の認定を行うことが許されるか問題となる。

  訴因変更が必要か否かは上述の基準に照らして判断する。 

  まず、上述の通り、共謀の具体的な日付は訴因の特定に不可欠な要素でなく、異なる日付の謀議行為は審判対象の確定のための必要不可欠な事実とはいえない。

 もっとも、謀議行為の日付は、アリバイ立証に大きな影響を及ぼすため、被告人の防御に一般的に重要な事項であるようにも思える。

 しかし、上述の通り、本件公訴事実は訴因の特定として十分であるため、検察官が求釈明に応じて明かした共謀の日付は訴因の一部を当然に構成するものではない。そうだとすると、かかる事項は訴因に上程されたものとはいえず、②・③の見地から訴因変更が必要であるともいえない。

 よって、訴因変更手続を経ずに罪となるべき事実の認定を行うことも許される。

3 最後に、共謀の日付について、当事者に争わせる機会を与えずに共謀が成立した日を令和3年11月2日として判決することは許されないのではないか。

  刑事裁判においては、当事者への不意打ち防止のために必要な措置を取ることが要請される。そうだとすれば、裁判所は、当事者に不意打ちになる事実を認定する場合には、これを争わせる機会(争点顕在化措置)を与える必要があり、これを取らずに結審・判決することは許されない。

  本件では、裁判所の求釈明におうじ、検察官が共謀が成立した日を令和3年11月1日と明かしており、両当事者はこのことを前提に乙の証人尋問やこれへの弾劾証拠の提出といった攻撃・防御を展開しており、裁判所も補充尋問を行うなどこれを前提とした訴訟追行を実施している一方で、それ以外の日付において共謀が成立した可能性について両当事者は何ら指摘していない。

 このような状況の中で、裁判所が共謀が成立した日を令和3年11月2日であることを前提に判決を下せば、両当事者にとって不意打ちを与えることになるため、裁判所は両当事者にこれを確認するなど、適切な措置を講ずる必要性があったものと言える。

  よって、共謀の日付について、当事者に争わせる機会を与えずに共謀が成立した日を令和3年11月2日として判決することは許されない。