令和四年司法試験 再現答案
修習も約半分を過ぎましたが、充実した日々を過ごせています。
先日、DMで司法試験の答案を見せてほしいという依頼があり、せっかくなのでブログに上げようと思います。(念のため、点数は利用を阻害しない程度のフェイクや伏字を入れていますのでご了承ください。)
もっとも、必ずしも再現できていない点もありますし、内容が正確でない点もあります。この点にはご注意して自己責任でのご利用をお願いします。
また、少し余裕ができたら各科目に対する簡単なコメントをつける予定です。
【成績】
短答
・憲法 42点
・民法 61点
・刑法 48点
・合計 151 点 96位
論文
・公法 119.××点 (A・A)
・民事 216.××点(A・A・A)
・刑事 134.××点(A・A)
・選択科目(経済法) 59.56点
・合計 1000点後半 5×位
総合
5×位
【リンク】
商法
民訴法
刑法
刑訴法
経済法
何かありましたら
Twitteまでよろしくお願いします。
R4 司法試験 再現答案 経済法
令和4年司法試験 経済法 の再現答案です。
ご利用は自己責任でお願いします。
1 X社は、Y社の本件行為が、競争者に対する競争妨害(独占禁止法2条9項6号ヘ、一般指定14項)にあたり、19条に違反するとして、24条により差し止め請求を行う。
2 まず、本件行為により、XはY社製甲向け乙の製造販売が不可能になり、これにより売上高の減少、販売不可能な在庫の発生が見込まれる上、設備変更に投資をしたばかりであることから、Xの経済的な「利益」が「侵害される恐れ」があり、またこれにより「著しい損害を生じ」ることになる。
3 では、本件行為は19条に違反するものと言えるか。
⑴ 「事業者」とは、一定の経済的利益の供給に対応する反対給付を反復継続して受ける者をいうところ、Yは甲及びY社製甲向け乙を製造・販売する者だから、「事業者」にあたる。
XとYは、日本国内において、「通常の事業活動の範囲内」において「事業活動の態様に重要な変更を加えることなく」、甲のユーザーという「同一の需要者」に「同種の商品を供給する」から、「国内において競争関係にある」と言える(2条4項1号参照)。
⑵ 「妨害」とは、相手方とその取引の相手方との取引に対し悪影響を及ぼす者であるところ、その影響は間接的なものでも良い。
本件行為は、Y社製甲の仕様を変更し、非純正品のY社製甲向け乙の使用を不可能とするものであるところ、これにより非純正品を製造販売するX社は甲のユーザーからの取引を拒否されることは明白である。
よって、「妨害」の要件も満たす。
⑶ 「不当に」とは、公正競争阻害性があることをいい、同条では、自由競争減殺が問題となる。
ア 自由競争減殺とは、競争の実質的制限に至らない程度の競争制限効果がることをいう。
(ア) まず、前提として市場を確定する。市場は目的物と地理的範囲から成り、需要の代替性を基礎に、供給の代替性を加味して画定する。
乙は甲のために不可欠な交換部品であるところ、乙は各社製の甲ごとにそれぞれ専用のものが必要であり、Y社製甲向け乙と他社製甲向け乙との間では需要の代替性が認められない。一方で、乙は、XDE社が非純正品として各社甲向けの乙を製造・販売しているが、甲を取り扱うYABC社は自社製向けのものしか製造していない。また、各社製甲向け乙の製造には設備変更が必要となっていることも考えると、乙には供給の代替性が認められるとは言えない。
本件では、地理的範囲を日本とする以外の特段の事情は認められない。
よって、本件における市場は日本におけるY社製甲向け乙の製造販売市場になる。
(イ) では、かかる市場において競争制限効果が認められるか。
まず、本件行為が実施されれば、非純正品を取り扱うXDE社はY社製甲向け乙の製造販売が不可能となることから、本件市場におけるY社のシェアは100%に上昇することになる。
さらに、非純正品は低価格を武器に近年、純正品から合計で約10%のシェアを奪い取るなど本件市場において競争を活発化させる働きを有していたのであり、非純正品を市場から締め出す本件行為は、価格競争、ひいてはブランド内での競争を消滅させるものとして競争に与える影響が大きい。
これに対し、Yは甲の製造販売市場において、最下位で20%のシェアを有するに過ぎず、本件行為を行ったとしても、甲のユーザーの乗り換えなどの危険があるため、本件行為によったとしても市場支配力がもたされるわけではないとの反論(Yの主張前段参照)が想定される。
確かに、仮にY社が本件市場において100%のシェアを有することになり、これにより価格引き上げに動いた場合であっても、交換部品の差異から、他社製の甲に乗り換えを検討したり、Y製の甲を購入するユーザーが減少したりすることが考えられるため、本件市場でもなお競争制限が認められないようにも思える。しかし、甲のユーザーは、甲の購入時に乙についての負担を十分に認識しておらず、甲の製造販売市場における競争への影響が直ちに生ずるとは言えない。よって、上記反論は失当である。
さらに、本件市場には輸入品は存在せず、またその計画を有するものは存在しない上、ABC社がY社製甲向け乙の製造販売に参入する計画もない。
以上を踏まえれば、本件行為は本件市場における競争を制限するものといえる。
イ これに対し、本件行為は商品の安全性確保のために行われるものであり、正当化自由が認められるから、形式的に自由競争減殺が認められても、なお「不当に」とは言えないとの反論が考えられる(Yの主張後段参照)。
この点、形式的に自由競争減殺が認められる行為でも、法の究極目的(1条参照)に反せず、必要かつ相当な手段と言える場合には、正当化事由が認められ、「不当に」の要件を満たさない。
本件行為は、製品の安全性を確保するために行われているところ、これは「一般消費者の利益」にもつながるものであり、法の究極目的に適合するように思える。しかし、乙において発火事故が生じたのはC社製甲向け乙に関してであり、Y社製甲向け乙において安全性に疑問を抱かせる事情は発生していないのだから、これを基礎付ける事実に欠け、究極目的に反しないとは言えない。
また、仮に究極目的に反しないとしても、そのために非純正品を一切使えなくさせるような仕様変更を行うことは相当性に欠けるものと言いうる。
よって、本件行為には正当化事由は認められない。
したがって、「不当に」の要件も満たす。
よって、本件行為は19条に違反するものと言える。
4 以上から、Xの差し止め請求は認められる。なお、本件行為が私的独占(2条5項、3条前段)に当たるかも問題となりうるが、私的独占は差し止め請求の対象とならないため、本件では問題とならない
第2問 再現率70%
設問(1)
第1 X社が従来の「希望小売販売価格」に変えて「販価」と表記し、また、参考である旨の記述を削除して、取引先小売業者に通知した行為について再販売価格の拘束(独占禁止法2条9項4号イ)として法19条に反しないか
1 まず、Xは、甲製品を製造・販売する業者だから「事業者」にあたる。
2 そして、上記行為は、甲を取引先小売業者に対し、販売価格の管理の名目で実施されたものであり、また取引先小売業者もそのように認識しているものだから、「販売価格」に関する「条件」と言える。
3 「拘束」とは、契約上の義務として課されていなくとも、なんらかの経済的不利益によりその実効性が確保されていれば足りる。
まず、上記行為が実施された令和2年4月においては、X社の上記行為は単なる要請とも取れるものであり、これが契約上の義務となっていたものでも、これに従わないことがなんらかの経済的不利益になっていたものとも評価することはできず、「拘束」があったとは言えない。
一方で、令和2年10月時点では、販価通りの販売をしなければX社製甲の販売を停止する旨の通知を合わせて行っている。X社の甲は、全体の販売台数においてシェアを約30%かつ第一位を有するものであり、取引先小売業者にとってはX製の甲を取り扱うことが営業上有利となっている現状を踏まえれば、かかる要請に従わずに「販価」とは異なる価格設定を行えば競争上不利になることが予想されるため、経済的不利益によって実効性が確保されていると言える。
よって「拘束」が認められる。
4 「正当な理由がないのに」とは、公正競争阻害性を有することをいい、同条では自由競争減殺が問題となる。再販売価格の拘束は、価格競争という重要な競争手段を消滅させるものだから、原則として違法であり、特段の事情が認められない限り、正当な理由がないのに」との要件を満たすことになる。
(1) まず、前提として市場を確定する。市場は目的物と地理的範囲から成り、需要の代替性を基礎に、供給の代替性を加味して画定する。
甲には代替する商品はなく、また日本国外を市場とするべき特段の事情もない。
よって、本件では、日本国内における甲の販売市場が市場として確定される。
(2) そして、本件では販売価格の管理を行おうとするXの意図、上記行為によりX社製甲を値引き販売する業者がいなくなっていること、特段の正当化事由が認められないことからすれば、上記特段の事情があるとは言えない。
よって、「正当な理由がないのに」の要件も満たす。
5 次に、違反行為期間について検討する。
まず、始期については、再販売価格の「拘束」が認められることになる令和2年10月ということになる。
次に、違反行為期間の終期は、違反行為が実施されなくなった日を言うところ、再販売価格の拘束は、自由な販売価格の決定を制限する違反類型であるから、実施されなくなった日とは、相手方が自由に販売価格を決定することができるようになって時点をいうと解する。
Xは、令和4年1月に取引先小売業者に対し、従前の通知、要請、措置等の撤廃を表明し、「希望小売販売価格」へとその表記を戻しているものの、その後も現在に至るまで値引き販売はほとんど行われていない。過去には値引き販売が一定数行われていることにも鑑みると、これは上記表明によって自由な販売価格の決定が回復したと見ることができず、なお上記行為の影響が残存しているものと言え、令和 4年1月の時点において、取引先小売業者が自由に販売価格を決定することができるようになったものとは言えず、現在も違反行為は継続していると考える。
よって、違反行為期間は、令和2年10月から現在もなお継続中ということになる。
設問2(2)
第1 Y社がY社製光製品の販売にあたり、その使用方法等を説明することを義務付ける条項を取引契約に追加した行為は、拘束条件付取引(法2条9項6号二、一般指定12項)として法19条に反しないか。
1 Y社も甲製品を製造・販売する業者であり、「事業者」にあたる。
2 また、上記行為は、再販売価格の拘束にも、排他条件付取引にも当たらない。
3 そして、「拘束」とは、契約上の義務として課されていなくとも、なんらかの経済的不利益によりその実効性が確保されていれば足りる。
上記行為は、本来事業者が自由に設定できる販売方法について、契約内容に説明義務を追加することによりこれを制限するものだから、契約上の義務として課されているものであり、「拘束」と言える。
また、Y社の甲は、全体の販売台数においてシェアは約20%で第3位に止まっているものの、 1部のユーザから高く評価されており、ユーザの中にはY社の甲を指名して購入するものも少なくなく、取引先小売業者にとってはY製の甲を取り扱うことが営業上有利となっている。そうすると、取引先小売事業者は、かかる契約内容の追加に従わなければ、競争上不利になることから、事実上追加を認めざる立場にあるものといえ、経済的不利益によって実効性が確保されていると評価することもできる。
よって、「拘束」の要件を満たす。
4 「不当に」とは、公正競争阻害性を有することを言い、同条でも自由競争減殺が問題となる。
まず、市場については、(1)同様、日本国内の甲の販売市場が画定される。
そして、いかなる条件で取引内容を決定するかは当事者の自由な意思に委ねられるものであるから、拘束条件付取引の場合、行為要件を満たしても原則として違法となるわけではない。特に、販売方法に対する拘束が問題となる場合、その競争への影響は比較的軽微であり、かつ消費者の利益にもなるから、①その制限に合理的な理由があり、②かつ同様の制限が他の事業者にも適用されている場合には「不当に」の要件を満たさない。
Y社製の甲は、その特有の機能ゆえに一部の購入者から高い評価を受けており、それにより本件市場においてY社は存在感を有していることからすれば、その有する機能について十分な説明を加えることが重要であると言える。一方で、こういった説明を不要ないし煩わしいと感じる購入者や、低価格販売のために説明を省略したいと考える小売業者も存在するが、前者については使用歴に応じた説明で足りるとされるため、合理性を否定する根拠にはならないし、後者についても、そのような経営方法が制約されることのみを持って合理性を否定する根拠とするには乏しいのであり、これらの事情により合理的な理由が否定されるわけではない(①充足)。
また、本件における説明義務は取引先小売事業に対し意図を説明した上で取引契約に追加されているのであり、同様の制限が他の事業者にも適用されていると言える(②充足)。
よって、「不当に」の要件を満たさない。
5 以上から、本件行為は拘束条件付き取引に当たらず、独占禁止法に違反しない。
R4 司法試験 再現答案 刑訴法
令和4年司法試験 刑訴 の再現答案です。
ご利用は自己責任でお願いします。
評価:A
設問1
1 本件おとり捜査は、「強制の処分」(197条1項但書)にあたり、強制処分法定主義(同条)・令状主義に反し、違法でないか。
(1) 相手方の真意からの承諾がありその意思に反しない処分は当然任意処分にあたること、「強制の処分」にあたれば、厳格な手続的規制に服することから、「強制の処分」とは、 ①相手方の明示または黙示の意思に反し、②重要な権利利益に対する実質的な制約を伴う処分をいうと解する。
(2) そして本件おとり捜査では、I警察署の司法警察員による一定程度の働きかけがあるものの大麻を所持・販売することについての最終的な意思決定は行為者に委ねられているのであり一応自由な意思決定の下でなされたものと言えるから、相手方の意思に反するものとは言えない(①不充足)。
また、仮に①の要件が認められるとしても、かかる捜査によって侵害される利益は、捜査機関に介入されずに犯罪を行う自由という、重要な利益どころか、そもそも利益と言えるのかすら疑問が残るものであり、②の要件を満たさない。
(3) 以上から、本件おとり捜査は「強制の処分」にあたらず、強制処分法定主義・令状主義に反しない。
2 もっとも、捜査は「目的を達するために必要な」限度で行われる必要がある(197条1項本文)。そして、おとり捜査は、捜査期間が自ら犯罪を惹起する側面があり、弊害が相対的に大きい。
そこで、薬物犯罪のような直接の被害者がいない場合には、①通常の犯罪手法では摘発が困難であり、かつ②機会があれば犯罪を行うことが疑われる者に対して行われるものでなければ違法となる。
⑴ 本件では、以前の捜査により大掛かりな大麻密売を行う甲の存在が把握されていたものの、身元や所在地については不明であり、これは関係者の供述や甲と思われる者の携帯電話の契約名義人の捜査などによっても明らかになっていないなど、通常の捜査で甲を検挙することが困難となっていた。
また、100グラムのサンプル取引の際に尾行捜査を実施したもののうまくいかず、その後も捜査を継続する必要性もあった。
確かに、本件おとり捜査に当たっては、一度取引の中止を甲が持ちかけたものの、これを引き留めたり、虚言を申し向けたりするなどして取引を継続するなどの事情があるものの、甲は大規模な麻薬取引を実施しているとの嫌疑がかけられているのであり、かかる嫌疑との関係では、10キロという大規模な大麻取引の現場を抑えることも必要だったのであり、このような事情のみで通常の捜査で摘発困難といえないと評価すべきでない。
⑵ そして、甲は大麻の密売の嫌疑がかけられていた上、協力者Aから有力な甲の情報を得た上で、本件おとり捜査に至っていること、一度サンプル取引で大麻取引に応じる者であることが判明していることからすれば、会があれば犯罪を行うことが疑われる者に対して行われたものと言える。
⑶ よって、本件おとり捜査は「目的を達するために必要な」限度で行われたものと言える。
3 以上から、本件おとり捜査は適法である。
設問2(1)
1 【資料1】の本件公訴事実に対し、【資料2】の本件罪となるべき事実を、訴因変更手続(312条1項)を要さずに認定する事は違法とならないか。
2 刑事事件における裁判対象は訴因であることからすれば、訴因と異なる事実を認定する場合、原則として訴因変更手続を経る必要がある。しかし、あらゆる場合にこれを要求すれば、訴訟不経済であるし、被告人の防御に必ずしも役立つわけではない。そこで、重要な事実に実質的変更が生じた場合にのみ訴因変更手続を経ればよいものと解する。
具体的には、訴因の裁判所に対する審判対象の明示という訴因の第一次的機能に鑑み、①訴因の特定のために必要不可欠な事実に変動が生じた場合、または②争点明確化・不意打ち防止の見地から、訴因に上程され、かつ被告人の防御に一般的に重要な事項に変更が生じ、かつ③不意打ちまたは不利益になる場合には訴因変更手続が必要になるものと解する。
⑴ まず、本件では、「点火した石油ストーブを倒して火を放ち」から「何らかの方法で火を放ち」と放火の態様について、異なる事実の認定がされようとしているところ、かかる事実は単に社会通念上同一の放火事件における実行行為の態様に関する差異に過ぎず、これらの事実に変動が生じたとしても他の犯罪事実と識別することが可能であるため、訴因の特定に必要不可欠な事実とはいえない。
⑵ もっとも、放火の態様については、その内容次第で量刑にも影響が生じる恐れがある上、態様次第によって被告人の防御方針にも変更が生じうるものだから、被告人の防御に一般的に重要な事項と言える。
そして、本件公判においては、火災科学の専門家に対し、主としてストーブの転倒によって放火が可能かどうかの観点から証人尋問が行われ、その後両当事者から放火の態様に関する追加の主張・立証の予定はない旨、裁判所からの問いかけに答える形で回答がされていることからすれば、両当事者は、放火の態様としてストーブの転倒によるもの以外のものを想定していなかったものと考えられるから、これと異なる事実が認定すれば被告人にとって不意打ち・不利益となりうる。
よって、本件では②・③の見地から訴因変更手続を経る必要があったと言える。
3 以上から、訴因変更手続を経ずにこれを上記のような認定・判決を行うことはできない。
設問2(2)
1 まず、【資料3】の公訴事実は「乙と共謀の上」と謀議行為の具体性に欠くものだから、訴因の特定(256条3項)として不十分なのではないか。
訴因の趣旨は、審判対象の裁判所への明示にあり、防御範囲の画定はこれによる副次的な効果に過ぎない。そうだとすれば、訴因の特定には他の犯罪事実と識別しうる程度の具体性があれば足りる。
そもそも、共同正犯の成立要件は、①共謀②①に基づく実行行為なのであり、謀議行為の存在は、①の間接事実としての機能を有するに過ぎず、概括的な記載であっても他の犯罪事実との識別の観点からは問題がない。
よって、上記のような記載であっても、訴因の特定としては十分である。
2 次に、本件では、共謀の具体的な日付において当事者の主張と心証に喰い違いがある。そこで、訴因変更手続を経ずに罪となるべき事実の認定を行うことが許されるか問題となる。
訴因変更が必要か否かは上述の基準に照らして判断する。
まず、上述の通り、共謀の具体的な日付は訴因の特定に不可欠な要素でなく、異なる日付の謀議行為は審判対象の確定のための必要不可欠な事実とはいえない。
もっとも、謀議行為の日付は、アリバイ立証に大きな影響を及ぼすため、被告人の防御に一般的に重要な事項であるようにも思える。
しかし、上述の通り、本件公訴事実は訴因の特定として十分であるため、検察官が求釈明に応じて明かした共謀の日付は訴因の一部を当然に構成するものではない。そうだとすると、かかる事項は訴因に上程されたものとはいえず、②・③の見地から訴因変更が必要であるともいえない。
よって、訴因変更手続を経ずに罪となるべき事実の認定を行うことも許される。
3 最後に、共謀の日付について、当事者に争わせる機会を与えずに共謀が成立した日を令和3年11月2日として判決することは許されないのではないか。
刑事裁判においては、当事者への不意打ち防止のために必要な措置を取ることが要請される。そうだとすれば、裁判所は、当事者に不意打ちになる事実を認定する場合には、これを争わせる機会(争点顕在化措置)を与える必要があり、これを取らずに結審・判決することは許されない。
本件では、裁判所の求釈明におうじ、検察官が共謀が成立した日を令和3年11月1日と明かしており、両当事者はこのことを前提に乙の証人尋問やこれへの弾劾証拠の提出といった攻撃・防御を展開しており、裁判所も補充尋問を行うなどこれを前提とした訴訟追行を実施している一方で、それ以外の日付において共謀が成立した可能性について両当事者は何ら指摘していない。
このような状況の中で、裁判所が共謀が成立した日を令和3年11月2日であることを前提に判決を下せば、両当事者にとって不意打ちを与えることになるため、裁判所は両当事者にこれを確認するなど、適切な措置を講ずる必要性があったものと言える。
よって、共謀の日付について、当事者に争わせる機会を与えずに共謀が成立した日を令和3年11月2日として判決することは許されない。
R4 司法試験 再現答案 刑法
令和4年司法試験 刑法 の再現答案です。
ご利用は自己責任でお願いします。
評価:A
設問1
第1 主張(1)について
1 横領罪と占有離脱物横領罪(254条)との区別のために、書かれざる構成要件として、委託者と占有者の間に委託信任関係が必要となる。
2 この点、本件におけるA甲の合意は、盗品である本件バイクの保管にかかる合意であるため、このような委託信任関係は保護に値しないとして委託信任関係の要件を満たさないとするとの考えもある。
3 しかし、このような委託信任関係であっても、これを保護しないとして横領罪の成立を否定すれば経済法秩序保護の観点から問題がある。また、委託信任関係を保護法益とする以上、たとえ盗品に関する委託信任関係であってもこれを保護すべきである。
4 以上から、主張(1)は正当である。
第2 主張(2)について
1 「横領」とは、不法領得の意思を発現する一切の行為をいい、不法領得の意思とは委託の任務に反し、権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思を言う。
2 甲A間の合意では、 本件バイクガレージで保管することが約束されているため、これを同意なく甲の実家へと運び出す行為は、委託の任務に反しかつ権限のない行為と言える。
一方で、甲は、本件バイクを自ら利用したり廃棄したりするなどの意思はなく、仲違いしたことをきっかけにAを困らせる目的で本件行為に及んでいる。 しかし、自ら利用し又は処分する意図がなかったとしても、本件行為は甲宅から5キロメートル離れた甲の実家の物置と言う、他者が容易に発見できない私的領域へと本件バイクを隠す行為であり。その所有権を相当程度害する行為であることに違いはない。
そうすると、自ら利用処分する意思がないことを理由に、所有者でなければできないような処分をする意思がないと考えることはできない。
3 以上から、本件行為は「横領」にあたり、主張(2)も正当である。
設問2
第1 乙が、Aの右上腕部を本件ナイフで刺し、これにより加療約3週間を要する右上腕部刺創の障害を負わせたこと行為について傷害罪(204条)が成立しないか。
1 上記行為は、人の生命を害する危険を有するため傷害の実行行為と言える。また、これによりAは上記のような傷害を負っている。
そして乙はこれらの事実を認識・認容しているため構成要件的故意も認められる。
2 もっとも、上記行為は甲を助けようと考えて行った行為であるから、正当防衛(36条)として違法性が阻却されないか。
「急迫」の「侵害」とは、法益侵害ないしその危険が現存または切迫していることをいう。そして、正当防衛は、国家による権利救済を期待できない緊急状況において例外的に自力救済を認める点に趣旨があるところ、急迫性は緊急状況性基礎づける要件であるから、侵害の予期が認められる場合に、急迫性の要件が認められるか否かはその先行する状況等を総合的に踏まえて判断すべきである。具体的には、従前の関係、侵害の予期の有無・程度、侵害行為の行われる場所へ出向く必要性、武器の用意の有無等を総合的に考慮し、正当防衛の趣旨に反するか否かによって決する。
本件では、甲とAは本件バイクを巡る一連の喧嘩により仲違いしていたところ、甲は電話でAを挑発するかのような言動を繰り返し、これに対しAが激怒し、制裁を仄めかすなど、甲とAが出会えば紛争へと発展することが十分に予想されていた。
さらに、甲も、Aと過去に同じ不良グループに所属していたことから、Aの短期で粗暴な性格や過去に暴行を振ったことなどを認識しており、Aが甲に制裁を加えることについて相当程度の侵害の予期があったと言える。
一方で、甲がAに呼び出されたC公園へと出向く必要性はさして認められない。
また、甲は公園に出向くにあたり、刃渡り15センチの本件包丁を携帯しており、攻撃に対する加害の意思も認められ、かつ、十分な防御手段であるから、かかる事実は緊急性を否定する事実と言える。
以上を踏まえると、甲には例外的な自力救済を認めるにたる必要性はなく、刑法36条1項の趣旨に反すると言えるから、「急迫」性の要件を満たさない。
よって、正当防衛は成立しない。
3 もっとも、乙は甲への侵害を誤信している。そこで誤想防衛として責任故意が阻却されないか。
故意とは犯罪事実の認識・認容を言うところ、違法性阻却事由の存在を誤信していた場合、犯罪事実の認識・認容があったとは言えないから、責任故意が阻却されることになる。
そこで、甲の認識した事実において正当防衛が成立するか検討する。
まず、乙は、甲がAの侵害を予期していたことを知らず、Aが甲に一方的に攻撃を食え会えていると思い込んでいたことから、乙の主観的意図において甲に対する「急迫」の「侵害」が認められる。
また、「不正」とは刑法上の違法を指すところ、乙の主観においては上記Aの侵害行為は違法な行為であり、乙は甲を助けるために上記行為に及んでいるから「防衛するため」の要件も満たす。
「やむを得ずにした」とは、防衛行為として相当性を有することをいう。
上記行為は、本件ナイフという刃渡り18センチメートルもの危険な凶器を警告なくAへと突き刺す行為であり、それ自体相当危険性の高い行為であると言える。
一方で、乙が刺した箇所は、右上腕部と言う身体の枢要部ではなく、危険な部位に対する行為とは言えない。しかし、Aと甲は同じくらいの体格・年齢の男性であり、かつAは何ら武器を携行していなかったことを考えれば、かかる事実のみを持って相当性を肯定することはできない。
よって、上記行為は「やむを得ずにした」とは言えない。
以上を踏まえると、上記行為は、乙の主観においても正当防衛にあたる行為と言うことができず、違法性阻却事由を誤信していたとは言えないから、責任故意は阻却されない。
4 以上から乙の上記行為には傷害罪が成立する。もっとも下記の通り、36条2項の準用により、刑の任意的減免を受ける。
36条2項は「防衛の程度を超えた」場合、すなわち相当性の要件のみ欠ける防衛行為について刑の任意的減免を規定しているところ、かかる減免の根拠は緊急状況において相当性を超える防衛手段をとることに対して非難可能性が減少する点にある。
そしてこのような非難可能性の減少という根拠は、誤想防衛の場合においても妥当するから、36条2項は誤想過剰防衛の事例において準用することができるものと解する。
本件においても、上述の通り、相当性以外の要件をみたいしており、誤想過剰防衛の事例と言える。
よって、36条2項が準用される。
第2 乙が、Dに無断で本件原付を発進させた行為について窃盗罪 (235条)が成立しないか。
1 「他人の財物」とは、他者の占有する他人の財物を言い、占有の有無は、占有の事実と占有の意思を相関的に考慮して決する。
まず、本件原付は、Dの所有物であるものの、道路脇に鍵をかけずに停車されていたものであり、Dによる事実的支配は弱まっていたものと言える。
一方で、Dは飲食物の宅配をするため 付近のマンション内に立ち行っていたのであり数分もすれば本件原付を再度自ら利用することが予想されるのであり、また本件原付に対する占有の意思が弱まっていると考えられない。
そうするとDは、本件原付に対する占有を直ちにかつ容易に回復することができた状態にあったといえ、本件原付にはDの占有が認められる。
よって、本件原付は「他人の財物」と言える。
2 そして、上記行為は、Dの占有を排除し、乙の支配下へと本件原付を移転させるものだから、「窃取」にあたる。
3 また、乙は上記事実を認識・認容しているから故意も認められる。
4 もっとも、 乙は上記行為をAからの追跡を振り切るために行っているのであり、緊急避難(37条1項)が成立し、違法性が阻却されないか。
乙は、激昂したAから追跡されており、「生命」ないし「身体」への「現在の危難」が認められる。
また、乙がAからの追跡 を振り切るためには上記行為を行うことが唯一取り得る手段であり、 かつ、本件原付という「財産」と乙の「生命」「身体」では後者の方がより重要な法益と言うことができ、「これによって生じた害が避けようとした街の程度を超えなかった場合」の要件も満たす。
そうすると、緊急避難が成立するかのように思える。しかし、Aによる乙の追跡はそもそも乙の第一で検討した傷害罪に当たる行為によって惹起されたものであるから、自招避難として、なお緊急避難が成立しないのではないか。
緊急避難により違法性が阻却される理由は、正対正の状況にあるとは言え、緊急避難の要件を満たす行為は社会通念上相当な行為といえるから違法であるとの評価が受けないことにある。
そうだとすれば、形式上緊急避難の要件を満たす行為であっても社会通念上相当と言えない場合には緊急避難として違法性を阻却すべきでない。
第一で検討した行為は甲を助けようとして行われたものであるとは言え、正当防衛も誤想防衛も成立しない行為なのであり、Aによる乙への危難は、乙自身の過失によって惹起されたものと言うことができる。
このような行為によって惹起された行為への非難行為は、社会通念上相当なものとは言えないから、自招避難として緊急避難は成立しない。
よって、緊急避難として違法性が阻却されることもない。
5 以上から、乙の上記行為に窃盗罪が成立する。
R4 司法試験 再現答案 民訴法
令和4年司法試験 民訴 の再現答案です。
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評価:A
設問1
第1 課題1
1 被告が甲となるような見解について
被告の確定ついては、当事者が、当該訴訟において被告として行動した者であるかを基準とすべきである。
本件では、原告たるXは、甲を被告とする意思を有しており、訴状等にも乙たる「株式会社Mテック」が記載されている。しかし、Xは乙と甲を誤認しており、また、Xは本件賃貸借契約における事実上の相手方たる甲社を相手方とする意思で本件訴訟を提起している。さらに、訴訟代理人たるAはX社とY社の誤認について当初明らかにしておらず、このことからも本件訴訟において被告人として行動した者は甲であると言える
したがって、本件訴訟における当事者たる被告は甲である。
2 被告が乙となるような見解について
被告の確定の基準については、基準の明確性の見地から、訴状に表示された者を当事者と考えるべきであるが、一切の記載を鑑みて決する。
本件では、訴状の記載欄には「株式会社Mテック」と表示してあるところ、本件訴訟提起時点において、かかる表示は乙を意味する。また、訴状に添付されている代表事項証明書は、乙に関するものであり、このことからも被告は乙であることが読み取れる。
したがって、本件訴訟における当事者たる被告は乙である。
第2 課題2について
1 まず、Aのした陳述に、自白が成立するか。
(1) 自白とは、口頭弁論期日または口頭弁論準備手続における、相手方の主張する自己に不利益な事実を認める旨の陳述をいう。
なお、「不利益」かどうかは、基準の明確性から、相手方が証明責任を負う事実を言うものと解する。
本件訴訟の訴訟物は、Xの乙に対する賃貸借契約の終了に基づく本件事務所明渡請求権であるところ、請求原因(1)・(2)・(3)はこの請求を基礎づける事実と言える。また、これらの事実は、Xの乙に対する建物引渡請求権が発生するための事実であり、Xが証明責任を負う事実である。
(2) また、本件における被告は乙と確定されているから、かかる自白は無効とならない。(34条1項2項参照)。
したがって、乙の上記陳述は自白にあたる。
2 第3回口頭弁論期日における乙の自白の撤回は認められるか。
自白に不要証効(179条)が認められ、かつ弁論主義第2テーゼによる裁判所拘束力が認められるから、自白により生じる相手方の保護及び禁反言の見地から、自白には当事者拘束力が認められ、原則として撤回することは許されない。
もっとも、当事者拘束力の認められる上記趣旨に反しない場合、当事者拘束力の例外を認めて差し支えない。具体的には、①当該事実が真実に反しかつ錯誤の場合②刑事上罰すべき相手方の行為によって自白がなされた場合③相手方の同意がある場合のいずれかにあたる場合には、例外的に自白の撤回をすることができる。
まず、乙の自白は真実に反するものであるが、乙の代表者Aは自ら甲の商号を変更し、乙を新設した者であるところ、錯誤は認められない(①不充足)。また、乙の自白について、甲の刑事上罰すべき行為は認められない(②不充足)。
したがって、裁判所としては、甲の準備書面において乙の自白の撤回に同意する旨の主張がない限り、自白の撤回を排斥しなければならない。
設問2
1 判例において明文なき主観的追加的併合が否定されているが、以下の通り、本件では、明文なき主観的追加的併合が認められる。
2 判例は、①新訴につき旧訴の訴訟状態を利用できるとは限らないため訴訟経済に適うとは限らないこと、②訴訟が複雑化するおそれ、③軽率な提訴や濫訴が増えるおそれ、④訴訟遅延のおそれから、明文なき主観的追加的併合を認めない。そうだとすれば、かかる理由付けが全て本件において妥当しない場合には明文なき主観的追加的併合を認めて良い。
3 本件訴訟における主要な争点は、本件賃貸借契約の当事者が甲か乙かという点になるところ、これを前提とした場合、Xとしては、乙の本件訴訟の主張を基に、X甲間の訴訟においてX甲間の本件賃貸借契約締結事実を主張することが可能であり、本件訴訟の訴訟状態を新訴に流用可能である。また、本件におけるAの一連の行為に鑑みれば、X甲間の訴訟において、甲はAの自白の追認を信義則上強制させられることもありうるのであり、X甲間の訴訟において完全な訴訟状態の流用が可能となる可能性すらある。
また、本件訴訟と新訴の主要な争点は、いずれも本件賃貸借契約の当事者が甲か乙かという点で共通するところ、それ以外に何らかの争点は無く、訴訟が複雑化するおそれもない。
確かに、たとえ本件で限定的に主観的追加的併合を認めたとしても、認めたことそれ自体で3つ目の理由づけが妥当するのであり、本件においても主観的追加的併合が認められないようにも思える。しかし、本件訴訟においてXが被告を間違えた理由は被告側が巧妙に当事者を分からないように登記を修正したためであり、代表者事項証明書には、会社の設立年月日の記載がなく、Xが乙を甲と誤認したことには正当な理由があるといえる。このように、本件のX甲間の訴訟は、とりわけ主観的追加的併合を認める必要が大きい事案なのであって、このような限定的な場合のみに主観的追加的併合を認めるとすれば、必ずしも軽率な提訴が増えるおそれもない。かえって、こういった場合にすら主観的追加的併合を認めないと、不当な手段による時間稼ぎが事実上認められることになり、妥当でない。
そして、本件では、一度口頭弁論が終結したにもかかわらず乙の陳述によって弁論が再開されたものであり、現在の訴訟遅延は乙によるものであるし、前述のとおり本件訴訟と新訴の主要な争点は共通する以上今後の訴訟遅延のおそれもない。
4 以上から、本件では、上記判例の理由付けが妥当しない場合であるといえる。
5 よって、本件では、明文なき主観的追加的併合が認められる。
設問3
1 USBメモリは、「情報を表すために作成された物件で文書でないもの」(231条)に該当し、231条が適用されるか。
2 USBメモリが「文書」に該当するか。
(1) まず、法は文書提出命令に違反した場合の制裁として、当該文書の「記載」に関する相手方の主張を真実と認めることができるとしているのであり(229条参照)、「文書」とは、何らかの情報等が記載されているものと考えることができる。
(2) また、231条で列挙されている物は、情報等の記載がされているものの、それ自体で情報を感知することはできず、何らかの媒体を介して情報を知覚できるという点で共通する。
そうすると、文書とは、何らかの情報等が記載されているもののうち、直接その情報を知覚することができるものと言える。
(3) そして、USBメモリはその内部データに情報等が記載されているものの、それを知覚するにはコンピュータに接続する必要があり、情報を直接知覚できるものとは言えない。
(4) したがって、USBメモリは「文書」に該当しない。
3 それでは、USBメモリは「情報を表すために作成された物件」にあたるか。
(1) 同条においてビデオテープ等が書証として取り扱われる趣旨は、これらの物は単に直接に情報を知覚できないのみであり、何らかの機械等を用いれば、かかる情報を知覚できるため、書証と同様の証拠調べをすることが可能である点にある。
そして、USBメモリについても、上述の通り、コンピュータ等を解して内部の情報を知覚できる。
(2) したがって、USBメモリは「情報を表すために作成された物件」にあたる。
4 よって、USBメモリに231条が適用される。
R4 司法試験 再現答案 商法
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評価:A
設問1
第1 Dは、甲社に対し、一連の行為により取締役の地位を失ったことが実質的に解任であり、339条2項類推適用により、甲社は損害賠償責任を負うと主張する。
1 会社法339条2項は、1項において、役員の解任を株主の自由とした一方で、「正当な理由」がなければ損害賠償責任を会社に負わせることで、これにより役員の保護との調和を図るものである。
そうだとすれば、定款変更による退任が、その経緯や在任に対する期待などに照らして、実質的に解任と同視できる場合、同条2項を類推適用すべきである。
甲社取締役の任期は10年であったところ、令和2年6月25日の定款変更により、選任から1年へと短縮され、これによりDは取締役の地位を失った。
甲社では、乙社出身の取締役については、選任後か4年間で退任することが慣例となっており、かつDはこのことを就任時にAから説明されていた上で就任を了承しているため、少なくとも4年間の取締役の在任について期待権が生じていた。
また、 定款変更と同時になされた取締役の再任決議においては、これまで取締役であったABCEの4人については再任された一方でDにのみ再任がなされていないことから、本件定款変更はDのみを取締役の地位から排除することを目的としていたことが窺える。
以上を踏まえれば、本件定款変更による退任は実質的に解任と同視できるため、339条2項が類推適用される。
2 では、実質的解任に「正当な理由」は認められるか。
上述した同条の趣旨からすれば、「正当な理由」については基本的には、限定的に解するべきであるが、これが認められるか否かは、報酬に対する期待の有無や、解任がなされた事情などを総合的に判断して決する。
上述したようにDには、4年間の取締役の地位の期待が生じているのであり、またDは、4年間取締役として勤める方が乙社で働くよりも安定した収入が得られることを理由にAからの誘いに応じ乙社を退社して取締役に就任しているのであり、在任への期待はより保護すべきであると考えられる。
また、本件定款変更の理由は、「取締役が株主の信任を得る機会を多くし、取締役の業務に緊張感を持たせること」であるが、株主かつ経営一族であるABCは自己信任としてかかる理由が妥当せず、その変更真の理由は意見の対立のあるDを排除する点にあるものと思われる。このような意見対立による解任は一方的な理由によるものだから、正当なものとは考えがたい。
以上から「正当な理由」は認められない
3 では、損害額はいくらと算定されるか。
この点、選任時においては、任期が同日から10年間であるとされているものの、乙社取締役の4年間による交替という慣例があったことやAD間においてもこのことが説明されていたことからすれば、4年を超える任期の報酬について「損害」が生じているとは言えない。
よって、損害額は、残存任期である2年間の報酬960万円となる。
4 以上からの上記請求は960万円の限度で認められる。
設問2
第1 Gが、本件事業譲渡契約にあたってデュー・デリジェンス(以下DDという)を行わなかったことを理由として、423条1項に基づき損害賠償責任を負わないか。
1 まず、Gは戊社の「取締役」である。
2 そして、任務懈怠とは、善管注意義務違反(355条、330条、民法644条)ないし法令違反行為を言うところ、本件では、DDを行わなかったことが善管注意義務違反行為に当たるかが問題となる。
もっとも、経営上の専門的判断に基づいてなされる事柄については、そのような判断につき裁判所が事後的に損害賠償責任を負わせるとすると、取締役の活動を萎縮させ、かえって株主の利益に反する可能性もあるから、その過程または内容が著しく合理性を欠く場合に限り、善管注意義務に違反するものと解する。
- まず、事業譲渡にあたりDDを実施するかは経営上の専門的判断に基づいて為される事柄と言える。
- そして、Gは、Hから乙社の日用品製造販売事業はうまくいっておらず、在庫の価値が下落している可能性がある上に、知的財産権等の管理もいい加減である旨知らされていたこと、Hから①のような事情がある場合にはDDを行ったほうがよい旨の弁護士の回答を聞かされていたことを認識していたところ、かかる事実の認識からすればDDを実施すべき必要が高かったと言える。
一方、Gは、自らがかつて甲社の従業員であったことや、甲社が戊社の議決権の60%を有し、本件事業譲渡が実現しなければ再任はないと甲社Aから申し向けられており、かつ、乙社の代表取締役Fは、このことを認識した上で、1ヶ月程度を期限とすると述べていたことからDDを実施しなかったものと思われる。しかしGは戊社の取締役であり、原則として、戊社の株主共同の利益を図る義務を負うことからすれば、こういった事情は判断において重視すべきではない。 - 以上を総合すると、Gは、DDの実施にあたり、考慮すべきことを考慮せず、一方で考慮すべきでないことを過大に考慮したものであり、その判断過程において著しく不合理であったと言え、上記行為は善管注意義務に違反し、任務懈怠であったと言える。
3 そして本件DDを行っていれば、在庫の価値・知的財産権上の問題等を発見することができ、本件事業譲渡契約を締結しなかったか、仮に締結していたとしても、その対価は1000万円以下となるはずであったから、対価4000万円のうち少なくとも3000万円について「損害」が生じており、これと任務懈怠との因果関係もある。
4 以上から、G上記請求は3000万円の限度で妥当なものである。
設問3
1 まず、戊社は乙者の丁銀行に対する残債務について債務引受等をしたといった事情はなく、原則としてT銀行は戊社に対して残債務を請求できない。もっとも、本件事業譲渡契約により、戊社はZ社の登録商標Pの使用を承継していることから、会社法22条1項(類推)適用によりかかる債務の弁済をすべき義務を負うのではないか。
2 会社法22条1項は「事業を譲り受けた会社」が「商号」を続用した場合の規定であるところ、本件事業譲渡契約によっても「乙社」という「商号」(6条1項)を続用するわけではないため、同条を直接適用することはできない。
もっとも、同条の趣旨は商号が続用された場合、それに伴い当該会社に関する債務の帰属が変更されることが通常であることから、自らの債権も続用先の会社に受け継がれたと考える債権者を保護する点にある。
そこで、商号続用がなくとも、会社の営業主体を表示する何らかの記号が承継された場合には同条の類推適用が認められる。
そして、登録商標Pとこれに含まれる「乙」は、日用品のブランドとして確立し、消費者には登録商標Pが乙社を示すものとして受け取られていると考えられていたことから、登録商標Pは営業主体を表示するものとして用いられていたといえる。
また、戊社は、本件事業譲渡後、自らが経営するスーパーマーケットの店舗内において、登録商標Pを模写した看板を複数の入口に掲げて、登録商標Pを使用した日用品を販売するとともに、自社のウェブサイトにおいて、登録商標Pに関し自ら取り扱う旨の広告を掲載していた。また、戊社が扱っている登録商標Pが使用された日用品のうち6割程度は、従来、乙社が登録商標Pを使用して販売していたものと同じ商品であった。これらの事情を踏まえれば、戊社は登録商標Pを「引き続き使用」したと言える。
よって、同条の類推適用が可能である。
3 従って、戊社は、22条1項類推適用により、乙社の「事業のよって生じた債務」である、丁銀行の残債務を弁済すべき責任を負うことになる。
R4 司法試験 再現答案 民法
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評価:A
設問1(1)
1 CのAに対する請求は所有権に基づく返還請求権としての甲土地明渡請求であるところ、本件でこれが認められるための要件は①Cが甲土地を所有していること②Aが甲土地を占有していることである。
2 まず、甲土地はCが占有していると言える。
3 そして、Cは甲土地の所有権は契約①によりAからBへと、契約②によりBからCへと、それぞれ移転しており、Cがこれを所有していると主張する。しかし、契約①は、単なる偽装であり、Bは甲土地について所有権を有していたとはいえず、契約②により所有権を取得することはできないため、上記主張は認められない。
4 もっとも、甲土地の登記はB名義となっていることから、94条2項によりAはCに契約①の無効を退行できない結果、要件①を満たすのではないか。
- まず、94条2項は「相手方と通じてした」虚偽表示を前提としているものであるから、Bへの所有権移転及びB名義の登記作出について共謀のない本件では同条を直接適用することはできない。
- もっとも、同条の趣旨は、虚偽の外観を信頼した第三者を、帰責性ある真正権利者の犠牲のもとに保護するものだから、(1)虚偽の外観(2)帰責性(3)相手方の信頼の要件を満たせば、同条の類推適用が可能である。
ア まず、本件では、甲土地についてB名義の登記が存しており、虚偽の外観が存在している。
イ 帰責性は、虚偽の外観に対する積極的な関与がなくともこれと同視できる程度のものがあれば足りる。
本件では、AはBに対し、抵当権の抹消の依頼を求めていたところ、B名義の登記は、これに必要であると偽ってBがAに交付させた書類等を用いて作出されたものであり、一定の帰責性が認められる。
一方で、Aは対外的取引の予定があり、Bに騙されて書類を交付していることからすれば、帰責性の程度は小さいように思える。しかし、登記関係の書類は社会において重要であり、慎重な取り扱いが必要であるし、また、BはAにかわり抵当権抹消を依頼されていたことからすると、110条類似の状況にあるものといえ、これを併せて鑑みれば帰責性を肯定できる。
ウ 第三者による信頼として要求される程度は、帰責性の大きさと比較考量して決する。
上述した通り、それ自体大きなものでなく、110条類似の状況に鑑みれば、要件③の具体的内容は善意無過失となる(110条類推適用)。
まず、CにBが所有権を有していないことについて疑いを有していたとの事情はなく、所有権の存在を信じていたから、善意と言える。
また、Cは、契約②に際し、Bに登記記録を確認しており、また短期間の登記名義の変遷についての確認を果たしている以上、過失も認められない。確かに、より確実を図るためには登記上の前主であるAに確認すべきであるようにも思えるが、Bの「Aの仲介人である」旨の説明も不合理なものとは言えないし、登記という重要な権利の公示を信頼している以上、それ以上の確認をすべき義務があるとまでは言えない。
よって、要件③もみたす。
- 従って、Cの上記主張は認められ、甲土地の所有権はCに帰属するものと言える。
5 以上から、Cの上記請求は認められる。
設問1(2)
第1 請求1について
1 請求1は、所有権に基づく妨害排除請求権としての所有権移転登記抹消登記請求権であるところ、その要件は、①Dが甲土地の所有権を有していること②C名義の登記があることである。
2 そして、甲土地についてはC名義の登記が存在し、また、Dは、契約③によりAから甲土地の所有権を取得しているから、上記請求が認められるように思える。
3 これに対し、まず、契約④によりBが甲土地の二重譲渡を受け、登記を具備しているから、Bが甲土地の確定的な所有者となり、Dは甲土地の所有権を有しないとの反論が考えられる。
所有権の取得は、登記をしなければ「第三者」に対抗できないところ、「第三者」とは、当事者及びその包括承継人以外の者で、不動産物権変動の登記の欠缺を主張する正当な利益を有しない者をいう。そして、形式的には「第三者」にあたる者でも、①物権変動につき悪意で、②かつ登記の欠缺を主張することが信義に反する場合には、正当な利益を有せず、「第三者」に当たらない。このような者は自由競争の枠外にあり、保護に値しないからである。
- まず、BはAから契約④により所有権を取得した者であり、甲土地の所有を互いに争う者だから、形式的には「第三者」にあたる。
- しかし、Bは、契約③によりDが甲土地の所有権を取得したことにつき悪意であり(①)、かつ、兼ねてから恨みを抱いていたDを害するために契約④に至っているから、登記の欠缺を主張することが信義に反する事情がある(②)
- よって、Bは「第三者」に当たらないから、Dは登記無くして所有権の取得を対抗することができ、上記主張は認められない。
4 次に、Cが、契約⑤により、甲土地の二重譲渡を受け、登記を具備しているからCが甲土地の確定的な所有者となり、Dは甲土地の所有権を有しないとの反論が考えられる。
まず、上述したように、Bは背信的悪意者として「第三者」には当たらないものの、それはBの主観的事情によるものであり、形式的には所有権を取得している以上、背信的悪意者からの転得者であることから直ちに無権利者となるものではなく、背信的悪意者からの転得者であっても、その者自身が背信的悪意者でない限り、「第三者」にあたる。
そして、CはBにDを害する意図があったことを認識しておらず、少なくとも登記の欠缺を主張することが信義に反する事情はなく、背信的悪意者に当たらない。
そうすると、「第三者」たるCがすでに登記を具備している以上、Dは確定的に甲土地の所有権を喪失したものといえ、上記反論は認められる。
5 よって、請求1は認められない。
第2 請求2について
1 請求2は、詐害行為取消請求権に基づく、契約④の取消し請求及びAへの所有権移転登記手続請求である(424条1項、424条の6第1項)。
2 上述した通り、Dは甲土地の所有権を取得できないため、契約③に基づきAがDに対して負う甲土地を取得させる債務の履行不能に基づく損害賠償請求権(415条)という被保全債権を有しており、これは、契約③という、詐害行為である契約④よりも「前の原因」に基づくものと言える。
3 また、甲土地はAが所有する唯一のめぼしい財産であり、契約④によりこれが処分され無資力となる。
4 そしてAはこのことを理解した上で契約④に応じているから「害することを知って」したものと言える。
また、詐害行為と言えるかは 詐害意思との関係で相関的に判断される。
契約④は唯一の財産である甲土地を2千万円と言う、市場価格の約半額の価格で売却するものであり詐害性が高い。確かに、Bは対価として継続的な支援を与える旨述べているものの、この支援がなされるかは不確実であるため、このことを持って佐賀以西を否定できない。
よって、契約④は詐害行為と言える。
5 また、「受益者」たるBはDを「害することを知」っており、「転得者」であるCもこのことをBから伝えられていたため、「害することを知っていた」と言える。
6 以上から、請求2は認められる。
設問2
第1 各主張の根拠及び逃避
1 まずアの主張は、Gは建物の「引渡」を受けており、対抗要件を備えているから(借借法31条)、HF間の契約⑦に基づく本件建物の譲渡により、本件賃貸借契約の賃貸人たる地位は令和3年6月5日にHへと移転しており(605条の2第1項)、Fに賃料を支払う必要がないとのものである。
2 一方、イの主張は契約⑦はいわゆる譲渡担保契約であり、担保権の設定という実質を有するから、「不動産が譲渡されたとき」に当たらず、賃貸人たる地位は移転しないとの主張である。また、ウは、仮にGの主張が認められたとしても605条の2第2項により移転の留保の合意があったから、なお、GはFに賃料を支払う必要があることを内容とするものである。
3 ア及びイの主張は、結局、契約⑦が「不動産」の「譲渡」にあたるかにより決せられる。
譲渡担保契約は、実質は担保権の設定であるが、形式上所有権の移転を伴うものであるから、「不動産」の「譲渡」にあたると解するべきである。
よって、イの主張は認められず、アの主張は正当であるといえる。
もっとも、契約⑦では、「αの弁済期まで、Fが本件建物の使用収益を行うことができる」旨の特約が付されている。かかる合意は、賃料債権はHに帰属するが、Fが取り立てを可能とできると解釈することもできるが、それでは法律関係が複雑になるし、譲渡担保契約は設定者に目的物を使用収益する権能を留保する点に特色があるから、かかる特約は、605条の2第2項の合意にあたると解する。
よって、ウの主張は正当である。
第2 請求3の当否
1 上述の通り、本件賃貸借契約の賃貸人たる地位はFへと留保されている以上、GはFからの請求を拒むことができない。
以上から、請求3は認められる。なお、5月分と6月分で、結論に差異はない。
設問3
1 契約⑧は、Kの死亡により効力が生じる贈与契約であるから、死因贈与たる性質を有する(554条)。
死因贈与は「その性質に反しない限り」遺贈にかかる規定が準用されるところ(同条)、遺贈においては、前の遺言と異なる遺言がされた場合にはその効力は撤回される(1023条)。
本件でも、Kは、契約⑧のあと、目的物たる丙不動産を、K県に遺贈する旨の適式な遺言がされているから、これにより契約⑧は撤回されたとみなされる。
よって、請求4は認められない(エの主張)。
2 これに対し、死因贈与は契約である一方、遺贈は単独行為であるところ、契約は原則として一方的な撤回は認められず、1023条の規定は「性質に反」するものとして1023条は準用されないとのMの反論が考えられる。
3 確かに、死因贈与と遺贈にはMの反論のような性質上の差がある。しかし、死因贈与も遺贈も行為者の死亡を理由に財産が相手方へと譲渡される点に違いはなく、性質上の差異を強調すべきではない。また、実質的にも死因贈与契約に撤回が認められなければ贈与者にあまりに酷である。
よって、1023条は死因贈与においても準用されるものと解すべきであり、Mの反論は失当であるから、請求4は認められる。