R4 司法試験 再現答案 商法

令和4年司法試験 商法 の再現答案です。

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評価:A

 

設問1

第1 Dは、甲社に対し、一連の行為により取締役の地位を失ったことが実質的に解任であり、339条2項類推適用により、甲社は損害賠償責任を負うと主張する。

1 会社法339条2項は、1項において、役員の解任を株主の自由とした一方で、「正当な理由」がなければ損害賠償責任を会社に負わせることで、これにより役員の保護との調和を図るものである。

そうだとすれば、定款変更による退任が、その経緯や在任に対する期待などに照らして、実質的に解任と同視できる場合、同条2項を類推適用すべきである。

甲社取締役の任期は10年であったところ、令和2年6月25日の定款変更により、選任から1年へと短縮され、これによりDは取締役の地位を失った。

甲社では、乙社出身の取締役については、選任後か4年間で退任することが慣例となっており、かつDはこのことを就任時にAから説明されていた上で就任を了承しているため、少なくとも4年間の取締役の在任について期待権が生じていた。

また、 定款変更と同時になされた取締役の再任決議においては、これまで取締役であったABCEの4人については再任された一方でDにのみ再任がなされていないことから、本件定款変更はDのみを取締役の地位から排除することを目的としていたことが窺える。

以上を踏まえれば、本件定款変更による退任は実質的に解任と同視できるため、339条2項が類推適用される。

2 では、実質的解任に「正当な理由」は認められるか。

  上述した同条の趣旨からすれば、「正当な理由」については基本的には、限定的に解するべきであるが、これが認められるか否かは、報酬に対する期待の有無や、解任がなされた事情などを総合的に判断して決する。

  上述したようにDには、4年間の取締役の地位の期待が生じているのであり、またDは、4年間取締役として勤める方が乙社で働くよりも安定した収入が得られることを理由にAからの誘いに応じ乙社を退社して取締役に就任しているのであり、在任への期待はより保護すべきであると考えられる。 

また、本件定款変更の理由は、「取締役が株主の信任を得る機会を多くし、取締役の業務に緊張感を持たせること」であるが、株主かつ経営一族であるABCは自己信任としてかかる理由が妥当せず、その変更真の理由は意見の対立のあるDを排除する点にあるものと思われる。このような意見対立による解任は一方的な理由によるものだから、正当なものとは考えがたい。

以上から「正当な理由」は認められない

3 では、損害額はいくらと算定されるか。

この点、選任時においては、任期が同日から10年間であるとされているものの、乙社取締役の4年間による交替という慣例があったことやAD間においてもこのことが説明されていたことからすれば、4年を超える任期の報酬について「損害」が生じているとは言えない。

よって、損害額は、残存任期である2年間の報酬960万円となる。

4 以上からの上記請求は960万円の限度で認められる。

設問2

第1 Gが、本件事業譲渡契約にあたってデュー・デリジェンス(以下DDという)を行わなかったことを理由として、423条1項に基づき損害賠償責任を負わないか。

1 まず、Gは戊社の「取締役」である。

2 そして、任務懈怠とは、善管注意義務違反(355条、330条、民法644条)ないし法令違反行為を言うところ、本件では、DDを行わなかったことが善管注意義務違反行為に当たるかが問題となる。

もっとも、経営上の専門的判断に基づいてなされる事柄については、そのような判断につき裁判所が事後的に損害賠償責任を負わせるとすると、取締役の活動を萎縮させ、かえって株主の利益に反する可能性もあるから、その過程または内容が著しく合理性を欠く場合に限り、善管注意義務に違反するものと解する。

  •  まず、事業譲渡にあたりDDを実施するかは経営上の専門的判断に基づいて為される事柄と言える。
  •  そして、Gは、Hから乙社の日用品製造販売事業はうまくいっておらず、在庫の価値が下落している可能性がある上に、知的財産権等の管理もいい加減である旨知らされていたこと、Hから①のような事情がある場合にはDDを行ったほうがよい旨の弁護士の回答を聞かされていたことを認識していたところ、かかる事実の認識からすればDDを実施すべき必要が高かったと言える。
     一方、Gは、自らがかつて甲社の従業員であったことや、甲社が戊社の議決権の60%を有し、本件事業譲渡が実現しなければ再任はないと甲社Aから申し向けられており、かつ、乙社の代表取締役Fは、このことを認識した上で、1ヶ月程度を期限とすると述べていたことからDDを実施しなかったものと思われる。しかしGは戊社の取締役であり、原則として、戊社の株主共同の利益を図る義務を負うことからすれば、こういった事情は判断において重視すべきではない。
  •  以上を総合すると、Gは、DDの実施にあたり、考慮すべきことを考慮せず、一方で考慮すべきでないことを過大に考慮したものであり、その判断過程において著しく不合理であったと言え、上記行為は善管注意義務に違反し、任務懈怠であったと言える。

3 そして本件DDを行っていれば、在庫の価値・知的財産権上の問題等を発見することができ、本件事業譲渡契約を締結しなかったか、仮に締結していたとしても、その対価は1000万円以下となるはずであったから、対価4000万円のうち少なくとも3000万円について「損害」が生じており、これと任務懈怠との因果関係もある。

4 以上から、G上記請求は3000万円の限度で妥当なものである。

設問3

1 まず、戊社は乙者の丁銀行に対する残債務について債務引受等をしたといった事情はなく、原則としてT銀行は戊社に対して残債務を請求できない。もっとも、本件事業譲渡契約により、戊社はZ社の登録商標Pの使用を承継していることから、会社法22条1項(類推)適用によりかかる債務の弁済をすべき義務を負うのではないか。

2 会社法22条1項は「事業を譲り受けた会社」が「商号」を続用した場合の規定であるところ、本件事業譲渡契約によっても「乙社」という「商号」(6条1項)を続用するわけではないため、同条を直接適用することはできない。

  もっとも、同条の趣旨は商号が続用された場合、それに伴い当該会社に関する債務の帰属が変更されることが通常であることから、自らの債権も続用先の会社に受け継がれたと考える債権者を保護する点にある。

  そこで、商号続用がなくとも、会社の営業主体を表示する何らかの記号が承継された場合には同条の類推適用が認められる。

  そして、登録商標Pとこれに含まれる「乙」は、日用品のブランドとして確立し、消費者には登録商標Pが乙社を示すものとして受け取られていると考えられていたことから、登録商標Pは営業主体を表示するものとして用いられていたといえる。

  また、戊社は、本件事業譲渡後、自らが経営するスーパーマーケットの店舗内において、登録商標Pを模写した看板を複数の入口に掲げて、登録商標Pを使用した日用品を販売するとともに、自社のウェブサイトにおいて、登録商標Pに関し自ら取り扱う旨の広告を掲載していた。また、戊社が扱っている登録商標Pが使用された日用品のうち6割程度は、従来、乙社が登録商標Pを使用して販売していたものと同じ商品であった。これらの事情を踏まえれば、戊社は登録商標Pを「引き続き使用」したと言える。

  よって、同条の類推適用が可能である。

3 従って、戊社は、22条1項類推適用により、乙社の「事業のよって生じた債務」である、丁銀行の残債務を弁済すべき責任を負うことになる。